Holographic Blue

Holographic Blue

あさきゆめみし


「それでほんの少しの間、何か大切なものを失くしたような気分になる」

 それを聞いた時確信した。
 ああ俺とお前はもう混ざってしまったんだと。

 アラサカ時代、夢なんて見なかった。いつも薬で体を限界まで動かして、それが切れたら文字通り電池切れのように倒れて眠る。バッテリーは使い切るのが当たり前で、夢を見る余地なんてなかった。
薬とウェアを強制的に取り上げられた後はまともに動けず、「まずやるべきことは体の回復だ」と(少々過保護すぎるほどに)ママウェルズにベッドに縛り付けられて(付け加えておくがこれは割と比喩表現じゃあない)、幾年ぶりか正直思い出せないくらいの、久しぶりの「回復」を味わった。知ってたかアラサカ社員。昏倒じゃない睡眠では夢を見るんだ。まあ…昏倒であっても頭がバグって悪夢を見ることはあったんだが。

 今でもはっきり思い出せる。身体が重力を取り戻すような、宙から地に降りて地に引っ張られるような感覚。薄い光の網。眩しいとは思うが、不快ではないと感じ「られる」太陽の光。アラームと、下手をするとホロコールで叩き起こされる社畜時代とは雲泥の目覚め。あの時見た夢の内容はもう覚えていないが、何かを見た感覚とそこから現実へ浮き上がった時の記憶は妙に強烈だった。

「夢を見たんだよ今朝。物凄く久しぶりだからかな。なんか変な気分だ」
「へえ?俺はほぼ毎日見るけどなぁ。今日は昼に食おうとしたバーガーがでかすぎてな!俺が面食らってたらお前が横からペロっとそれを食っちまってよぉ…びっくりして飛び起きちまった!」
「何だよそれ…俺が固形燃料接種するようになったの最近だって知ってるだろ」
「V~だからその『固形燃料』やめろって。ったく可哀想な育ち方をしたもんだぜ…」

 夢の話をした。
 他愛もない、ささやかな、取り留めのない、思い出。

「その後、いつものようにお前がいることに気づいて、
 わけわかんねえ安心感が体中を駆け巡るんだ」

 鈍く緑に光る世界。漂う油の臭気の中で、ジョニーの言葉に息をのむ。

 知っている。
 意識の浮上の最初は喪失感なのだ。ここ最近はもうずっと。
 その後うるさい同居人の気配に安心する。
 安心して、落胆する。これはあの日の続きなんだと実感する。

 ジョニーの自信満々のその態度がとにかく最初は気に食わなかった。俺は伝説を作った、俺は知っている、俺には分かるがお前には―…。自分を信じるというのは、過去の俺にとってとにかく退路を断ち、余白を潰して、確実性を上げて、それだけの行動をした末の行為だった。それがこのロッカーボーイはどうだ?根拠なんてどうでもいいという口ぶりで、ただとにかく突き進む。オルトが「ジョニーは行動の後に思考が来る」と評していたのには思わず笑いそうになってしまった。流石は元カノ、よくわかっている。
 だがいつからだろう、あれだけ衝突していた意見が合うようになり、苛立っていたジョニーの思考が苛立つ前になぞれる様になっていたのは。慣れとかそんな次元じゃない。薄々気付いていたそれは、夢なんて不確かなものの一致で確信に至る。

「それ以外は消滅する」
「それ以外って?」
「魂だ。私が名付けたわけではないが、
『ソウルキラー』はその名の通りの働きをする」

 俺の魂とはどこからどこまでだ?ロッカーボーイに共感できるようになった俺は本当に俺か?そもそも頭を撃ちぬかれRelicに補完された俺は本当に俺なのか?だが考えてもみろ、俺は一番最初から「ありのまま」だったのか怪しいじゃないか。親の望む姿形で生まれ、今更ありのままを、「本来の」俺を求める必要性がどこにある?「親の望む姿形」だって、今じゃ残っているか疑わしい。

 いつだっていろんなものを取り逃し、体の淵から零れ落としながら
 それでも『代わりではない何か』で継ぎ接ぎながら俺は息をしている。

「ぅ……っぐ」

 胴体が軋むように痛んで身をよじる。それで一気に意識が浮上した。急に感じる眩しさ、遠くで聞こえるAVの飛行音、上質なシーツの質感と、柔らかな高級ベッドに沈み込む重力。少し肌寒い空気に無意識に体を縮める。体を腕で抱えるようにして温まろうとするが、中心にぽっかりと空いた穴に困惑する。あったはずの何か、喪失感の向こう、居るはずの誰かがいない。

 意識の浮上の最初は喪失感なのだ。ここ最近はもうずっと。

 目を閉じたまま手を少し伸ばすが体を覆う適したものが見当たらない。代わりに同じように少し冷えた─でも温かい─人の肌に触れて、弾かれるように瞼を開けた。リバーは俺が先に起きるとすぐに気付くから、起こさないよう慎重に身を起こす。そういえばリバーもよく夢を見ると言っていた。寝言も言う。割とハッキリと。最初は面白がって聞いていたが苦しそうなことが多く、あまり良い夢を見ていないようなのが心配だが、生憎そちらの解析は詳しくない。今度ミスティに聞いてみるか。
 今日の彼は起きることも無く静かに眠っていた。それを見て安心し、息を吐く。緊張した身体が解れるのを感じて、身体が重いことに気付いた。起きるきっかけの体の痛みはRelicのせいもあるだろうが昨夜はしゃぎすぎたのも原因の一つだろうから、リバーが起きないのも無理はない。そっと手に触れると暖かく、指を絡ませれば僅かに握り返される。
 胸の中央の空洞に静かに温かさが染みる。だが空洞を埋めるには至らない。だってリバーは、「俺じゃない」。あの日消えたもう1人の相棒は、命を喰らいに来る侵略者で、同じものを見て感じた俺自身でもあった。

────そんなのズルだよな。並べられるリバーが余りにも可哀想だ。

 安心して、落胆する。これはあの日の続きなんだと実感する。