Holographic Blue

Holographic Blue

青に溶ける

 外からは街中ほどではないが、人々の生活する音が聞こえる。忙しなく通る車の音と、微かに響く振動。一つだけ開け放たれた窓の前に、本来の持ち主の姿はない。真っ青に塗られた壁。深い海の底の色で作られた「箱」は、ジョニーにとってあまり快適ではない空間だった。『趣味が悪い』そう毒づいたあとに、少し違うなとも思う。Vはジョニーをチラと横目で見ただけで、特に何も言わ(思わ)なかった。

 この部屋の本来の持ち主…ジュディは肌が白く、明るいピンクと緑の髪がこの海の底で輝いていた。機械をいじり、そうでない時は壁に絵を描いていたのだろう彼女の日々は、まだこの部屋に刻まれたままだ。
 彼女に半ば強制的に部屋を譲られて、でも何となく近づくことは無かった。ここで体験したことや話したこと、結末を思えば当然か。今日は近場でクロウズと大立ち回りをやらかした上、連続で来たRelic由来の異常に耐えかねて取り敢えず休もうと転がりこんだのだった。

 肘の少し上、触るだけでは全く分からない境目がジワ、と痛みを持つ気がして、Vはそっとそこを撫でた。ふとした時に肘の先が、膝の先が、後頭部が重く感じる時がある。進化しすぎた技術で作られた身体は生来の体と大差ない重みで作られているはずで無骨な金属そのものなんて無いはずなのに、ギギ、と古い金属が軋んで重力に引っ張られていくような気がする。

『幻覚だ』
 ハッキリと。数世代前の銀の腕を煌めかせてジョニーは断言した。Vは疲れたように息を吐き、力なく笑う。
「…お前はほんとに金属ぶら下げてるもんな」
『素材の問題じゃない、お前のヘタレたメンタルの問題だ。甘ったれたヒヨっ子はこれだからダメなんだ』
「そうかい」

 角に置かれたソファに体重を預けていたVは小さく息を吐いてズルズルと横になり、そのまま目を閉じた。リビングの片隅にある机の上。ジュディが残した好奇心の塊のようなテックが、鏡のようにそのVの姿を写す。

 時刻は夕方をすぎて夜の手前。海の底がより深くなる時間。青い髪、深い褐色の肌が、前の持ち主とは違って部屋の青に沈み込むように溶ける。

 黒に近づいていく、底のない青。

『…クソっ』

 神輿の奥底。冷えた牢獄。
 時の感覚もなく、記憶すら朧気で
 自分が何をされたかも分からないあの場所。

 そんな場所に溶けゆくVの姿を見るのは、
 ジョニーにとって不快以外の何物でもない。

『────だから、ここは嫌いなんだ。』

 聞こえるように言ったつもりだがVの返事はなく、ただ微かな寝息が聞こえる。ぼやけていく思考に引きずられながら、ジョニーも観念したように、ため息と共に意識のブラインドを閉じた。

 目が覚めた時、Vが溶けきっていないことを願いながら。