Holographic Blue

Holographic Blue

After Life

「リバーおじさん、やっぱりこっちに移るつもりはないの?」
 ホロコールの向こうで、小さな子どもたちが騒いでいるのが聞こえる。
「……モニーク、この話は何度もしたろ」
「わかってる。でもランディは絶対リバーおじさんが言わないとナイトシティを出ないだろうし……。
ドリアンの仕事も上手くいってるの。こないたはアルデカルドスの女王と話が出来たっていってた。真っ当な仕事が増えそうだって」
「アルデカルドス……ね」
 リバーは一瞬眉をひそめるが、思い直すように首を振った。
「……いや、ドリアンが問題ないと判断したなら老害の出る幕はないか。
モニーク、心配してくれているのは分かるが、俺はここから出る気は無いよ」
 モニークは幼い時の面影を思い出させるように少し頬をふくらませて、しかしすぐそれをやめて、大きくため息をついた。
「……はあ。分かってたけど。くれぐれも気をつけてね。昔に比べて多少良くなったって言っても、治安が悪いのは変わらないんだから」
「肝に銘じておくし、ランディにも伝えておく」
「そうだ!! お兄ちゃんたら前もまたコールを無視してね……!?」

 妹に似て少し世話焼きがすぎる姪の愚痴を聞くのは、リバーにとって大切な時間でもあった。子どもたちが大きくなって人生を選択するような歳になった頃、病気で他界した妹の代わりにナイトシティを出るように整えたのは他でも無い。リバーだ。ナイトシティもVが暴れ回ったお陰か大きく変わったが、かといって「善き街」になる訳もなく。刹那に散る命の火花が持て囃される街であることに変わりない。いや、持て囃すしかない、というのが正しいのかもしれない。
 Vがレジェンドの仲間入りをしてから20年が経つが幸か不幸か、リバーは変わらず探偵事務所を続けている。ずっと一人でやるつもりだった探偵事務所は小さいながらも人が増え、意外な成長を見せていた。それもこれも裏で「彼の人」が色々手配していたのを何となく感じて、リバーが苦笑したのも1度や2度ではない。

「リバーおじさん、聞いてる!?」
「……ああ、聞いてる。それは酷いな、ランディが悪い」
「でしょ!?」
 血気盛んな(ここは実はランディと似ていたりする)モニークの語気に苦笑しながら、リバーはそっと指先で自分の左耳に触れた。シンプルな金色のリングがふたつ。そこに存在していることを確かめるように触る。20年前に身につけてからというもの、気付いたら癖になっていた行為だった。ランディに指摘されたときは赤面していないか不安になるくらい動揺したものだが、改められるはずもなく、また改める気もなく、致し方ないと諦めた癖だった。


——20年前のひと時を思い出す。

 遠くに聞こえるA Vの飛行音。些か開放的過ぎるペントハウスの窓の外は晴れ渡っていて、プールがキラキラ、というよりギラギラと反射して目を刺す。それをソファに座りつつ眺めていたが、ふと視線を自分の膝上に落とした。
「……たくさん開けてるな」
 スクリームシートをつまらなさそうに眺めながら頭をリバーの膝上に預けたVの左耳。普段は青い髪に隠れて見えないそこには、金のピアスが多数着いていた。
「あ〜。これか? 若気の至りってやつかな……」
「若気の至り?」
 スクリームシートをポイっとローテーブルに投げ捨て、白いキロシがくるりとこちらを向く。
「これはもうダメかも、って思った仕事をクリアする度に増やしてたんだよ。アラサカ時代。馬鹿だよなー、結局最終的に切り捨てられることになるのに」
「やる気に満ちてていいこと? じゃないか」
「どうかな。金も権力もちょっとは手にしたけど、結局自分の立場に実感が湧かなくて不安でやってたような気もする。自傷行為みたいなもんだしな」
「なるほど」
 勲章に彩られた耳の後ろをそっと触ると、猫が擦り寄るように目を細める。
「じゃあこっちのリングは特に大物だったのか?」
 耳たぶに付けられたシンプルな2連のリング。Vはカラカラと笑う。
「はは! いや、そっちはホントに何の願掛けも意味もないよ。なんとなく……いつだっけな。学生の時に開けたんだよな。ちょっと大人になったような気がしたのは覚えてる」

 ペントハウスから飛び立つAVを見送った最後の日。ベッドサイドにこれが遺されていたことに意味が…意図があったのか。それをリバーは知らない。ただ、意図の明確な『遺言』では無くて、Vの日常を遺したかった。そう思ったから身につけた。日常を残したくなったのも、刹那に散るナイトシティの伝説を眩しく思うからこそなのかもしれない。
 命の火花に魅せられたのは、エッジを攻めることに盲目になるナイトシティの若者たちだけでは無い。自分もそうだ。その思いが、リバーをまだこの街に留まらせていた。




——————————

 日は傾いて、人々の影を長く伸ばしている。

 赤く目を晴らしたモニークはまだ「人の死」がよく分かっていない一番下の息子をあやしながら、そっと壁に書かれた名前に手を触れた。
「……いつかこうなることは…分かってたのに…」
 横でその言葉を聞いたランディが拳を強く握る。
「お兄ちゃん、リバーおじさんがいなくなっても、ナイトシティを出ないの?」
「そうだよ」
 言葉を重ねたのはドリアンだ。
「母さんも言ってた。リバーおじさんはナイトシティに囚われてるって。どれだけ正しいことをしても、この街はそれを塗りつぶしてくるから意味がないって」
 ランディは怒鳴りたくなる衝動を抑えつつ、言葉を探す。リバーにいつも言われていた言葉を反芻する。お前は突発的に動きすぎる、よく考えろ、それから行動するくらいで丁度いい……。少し目を閉じ、深呼吸をして、自信はないながらもちゃんと兄弟たちと話をしようと口を開いた。
「確かに、俺にはおじさんみたいな信念はない。探偵事務所に転がり込んで、色々教えて貰って、何とかやれるようになっただけだ」
「だったら……!」
「でも」

 市街地から少し離れた墓地からはナイトシティがよく見渡せる。赤く染る街は少し揺らいで見えた。

「リバーおじさんに作ってもらった居場所を、手放す程の強い気持ちもないんだ」
「……!」
「事務所は、別に俺が運営してるわけじゃない。俺はただ「署長」の縁者なだけだ。リバーおじさんは最近じゃ流石に補佐が多かったし、メインはリックが回してる。シュエもラリーもテレルもいる。俺が抜けても多分大丈夫だ」

 日が落ちて、空の色が深い青に変わっていく。夜の帳が降りた先、それがナイトシティにとって目覚めの時間だ。

「でも、もう、20年おじさんの「信念」に寄りかかって生きてたんだ。今更もう離れられない。
……離れるだけの信念が、俺には無い」
「あたしにはある! ちゃんと長生きして欲しいもの……。して欲しかった! おじさんにも……」
 泣き崩れる妹の肩を支えながら、ランディはじっと墓を見つめた。

リバー・ウォード
2037ー2097
正義を問い続けた男


——————————


「おはよ、リバー」
 薄明かりの中、酷く懐かしい声がする。

 彼の特徴の中で一番目立つと言ってもいいかもしれないその声は、人間の忘却システムにちゃんと則って遠い記憶の彼方へ行ってしまった。僅かに手元に残っていたボイスメッセージも、何度も聞き返すのは情けない気がして大切にとっておくばかりで。あれだけ愛しく思っていても、外部記憶に残さなければこんなにも儚い。そんな風に嘆いた夜も、この20年少なくはない回数あったのだ。

「『長く眠れた』ようで何よりだ」
 少し笑ったような、低く静かに囁く声にリバーは飛び起きる。
「……っ……!?」

 跳ねるスプリング。室内に静かにかかるレコード。天井まである本棚と大きなから差し込む鈍い雲間からの光。
 よく知った場所だ。Vから譲り受けた部屋。探偵事務所の拠点。小さいながらも信頼できる仲間たちと、自分にはちょっと不釣り合いなグレンという立地。Vもセーフハウスとして使っていたから思い出の品というほどのものもなく、そこから20年の時が積もって、自分だけのものではなくなった部屋。いつしか「Vと過ごした場所」ではなく、リバーの家の1つとなっていた場所。

 そこに、本来の持ち主がいる。

「……V…?」
 声が震える。情けない話だが、それも仕方ないだろう。だって20年振りに聞いたのだ。あの声を。

「久しぶり。元気してたか?」
 なんでもない、数日前に別れたあとのような口ぶり。リバーは混乱した様子で、ヨロヨロと立ち上がり、部屋を見渡した。
「な……ん、どういうことだ?  ここは事務所に、して……。そこはリックの席で、あっちはシュエのネットチェアを無理やり置いて……ランディがいつもそこの階段上で寝落ちしてて」
 うわごとのように言葉が溢れる。部屋をぐるりと見渡して、違いを確認し、忙しく動く視線。
 Vはそんなリバーの様子をじっと見ていた。そして微笑み、深く頷く。
「ああ、そうだな。上手く使ってくれて嬉しいよ。譲った甲斐があったってもんだ」

 その言葉に、弾かれるようにリバーはVを見た。

「……そういうことか」

 空気が静かだ。透明な板に隔たれた向こう、曇天のナイトシティはまるで眠ったようだった。景色は見えど喧騒が聞こえないのだ。見回したこの部屋は20年前の……Vから譲り受けた時の姿で。よく見れば自分の右手も前のサイバーウェアだ。Vに触れた、あの旧式の手。反射的にそのまま自分の顎を触れば、蓄えた髭もなく、そもそも腕の筋肉もまだ衰える前で。
 そして目の前には死んだはずの。死んだ「ことにした」Vがいる。
 
 Vは何も言わない。
 ただ少し微笑みながらリバーを見つめている。

 リバーは小さく呟いた。

「俺は死んだのか」

 口に出してみれば言葉はどこか重みがなく、胸の片隅がホッと温かくなるような気さえした。それは安堵感に近くて、死んでしまったのに呑気なことだ、と思いつつもリバーは少し笑ってしまう。
「ああそうか、なんだ。道理で……」
 むしろ腑に落ちた、という感覚だった。よくよく頭を整理すればそうだったな、という程度の。
「あんまり混乱してなさそうだな?」
「ん? ああ、まあ、幸か不幸か? その瞬間は覚えてるし……自分の犯したミスでこうなっただけだからな。ランディにはもう少し言いたいこともあったが……。いい加減、過保護なのも卒業しないといけないとは思ってたんだ」

 内心突然の終わりに思った以上に動揺がないことに苦笑する。そんなに諦めがちに生きていたのか? と少しの失望も混ぜながら。

「あんたらしいな。子どもを助ける為に銃撃戦に割って入って死ぬなんて」
「……どうかな。それを信条として長年ナイトシティに居ながら、最期は流れ弾で、なんて。間抜けな最期だとも思う」

 信念があっても結果が伴うとは限らない。助けた子どもと、助けられなかった子どもの数を天秤にかけたら仕事が続けられなくなるからしなかった。似たような事件が繰り返されてもその親元を都度叩きはしない。だから20年続けられた。その自覚がリバーにはあった。……それこそVの知る、20年前の自分とは違って。

 Vはゆっくり首を振る。
「そんなことない。太く短く、名誉の死を伝説化して、皆それを夢見るのはそれが1番可能性があるからだ。この街でいちばん難しいのはその逆……『やり続けること』で、あんたはそれをやり遂げた」
 リバーは照れたように空を見て、しかし、とばかりに首を振る。
「それにしては妙な『お導き』が多かったけどな?」
『刑事』は腰に手を当て、首を傾げて『被疑者』を見た。この20年、尋問したいことは山ほどあったのだ。被疑者は首をすくめて手を広げる。
「さあ? なんの事だろうな。リバー、あんたの日頃の行いが良かったからじゃあないか?」
「ランディの治療費がいつの間にか支払われていたところから始まって、エソテリカの向かいのストリップの警護範囲が『何故か』広がり、挙句の果てには『仕事をしたことがある』程度だった市長の後ろ盾まで気付いたら得ていた訳だ。これも日頃の行いか?」
「あはは、結構頑張ってたろ」
 Vは観念したように声を上げて笑った。ゴリラアームの黒い人差し指をピッ、と立ててリバーにウインクする。
「これでも元アラサカ防諜部なんだ。『陰謀』を阻止・計画するのは得意でね」
「まぁ……何度も助けられたのは事実だ。恩恵を受けたのは俺だけじゃないが」
 うんうんと満足気に頷くVの横にどかりと座り直すと、まだソファのスプリングはいやな音を立てなくて。ああ結局新しいソファは堪能できなかったな、結構楽しみにしてたのに……と、やはりどこか呑気な考えが頭をよぎった。

 Vが顔を覗き込んでくる。

「良い人生だったか?」
「……そうだな」

 後悔で足が動かなくなることを恐れて、走り続けていた。Vとの出会いでその方向性が変化し呪いに似た強迫観念はなくなったかもしれないが、基本姿勢に変わりはなかったように思う。今足を止めて振り返ってみれば、間違いもやり直したいことも思い出すだけで苦しいことも、たくさんあった。
 それでも今、終わりを迎えたと知って。胸の奥に生まれたこの安堵感に似た温かさはリバーの心に強く寄り添い、その道のりを肯定している。

「充分すぎる人生だったよ」

 窓の向こうの曇天に、日が僅かに差し込み始める。
 Vは眩しそうに目を細めた。

「変わらないな、あんたは。変わらないでいてくれって、呪いを込めたのは俺だけど」

 呪いという言葉のチョイスにリバーの片眉が少し跳ねる。その通りだと思う。優しい約束も、強烈で最悪な死も、等しく呪いとして生きる人間を縛る。行動を促すのか、動けなくするのかはそれぞれだが。
 多分自分も、遺してきたもの達に何かしらの呪いをかけて来たのだろう。……むしろそうであって欲しいと願うのは、遺す者のエゴだろうか。

「どうだろうな。長かったぞ20年は。全部が全部を守れた訳じゃない。たくさん取りこぼしたし、手放した。もうお前の知ってる………期待するリバー・ウォードじゃないかもしれない」
「それは俺もそうだったよ。生きるだけで欠けていくんだ。別の何かを得続けても、それが同じ形とは限らないしな。だから」

 雲の切れ間は徐々に広がり、ビルの谷間であるこの部屋をも照らしていく。ナイトシティは夜の街だが、Vと過ごしたこの街の思い出は昼が多かったな、なんてリバーはぼんやりと思い出した。
 それはお互いに生きる世界の境界線でもあり、Vがリバーに求めていた役割でもあったのだろうと、今なら分かる。

「ありがとうリバー」

 静かな声が部屋の空気を揺らす。揺れたのは空気か、彼の声自身だったか。
「最期に、俺を思い出してくれて」

 Vは少し泣きそうな顔で笑う。此処に居るのはそれが理由だ と言わんばかりに。
 膝の上で組まれた両手のゴリラアームに、ぎゅ、と力が入る。

「だって、20年だぜ? あれから。もう。……俺たちが一緒にいれたのは、1年もなかったのに」

 ああそうだ、最後に別れた時もそんな顔をしていた。
 あの無駄に豪勢なペントハウスで。2人の決して順調ではなかったけど、ささやかで、大切に重ねた日々の最後。いつものように言い争いになりかけて、でもVは何かを飲み込んで。「あんたが唯一の支えなんだ」とVはリバーに訴えて…そしてリバーは何も言えなくなった。そんな最後の日。

 リバーはVの頬に手を伸ばして、そっと触れる。
「ちゃんと触れるんだな……?」
「幽霊かと思ったか?
まあ、デジタルゴーストも幽霊区分だっていうなら、正直半分……いや2/3くらいは当てはまるんだけど」
 Vは甘える猫のようにそっと顔を手のひらに預ける。それは記憶の中と同じ光景。柔らかな肌、艶やかな深紺の髪、金の瞼と耳飾り。1つ1つ見つめて、1つ1つ思い出す。視線が交わり、伏せられて。リバーの機械の手にVのゴリラアームがそっと重ねられる。

「思い出すに決まってるだろう、V」
 言葉に迷いの色は無い。
「あの数ヶ月は、俺の人生の中で一番眩しかったんだから」

 白いキロシの目が少し見開かれて、また泣きそうに揺れて、金の瞼が閉じる。

「長さは関係ない。警官になったきっかけが、最悪の一瞬で決まったように、お前との短い時間だってあの後の俺の人生を変えたんだ」
「んー。そう並べられるとあんまり良いことのように聞こえないぞ……?」
「はは、そうだな、すまん。でも、あの火花を忘れられなかったから、俺はずっと此処に……この部屋にいたんだ」

 Vの腕が伸びて、リバーの左耳にそっと指先が触れる。20年前には無かった金のピアス。泣きそうな、困ったような、そんな顔をしながらVは溜めた息をハッ、と吐いた。
「……傷付けたくなかったんだ。この街に爪を立てたくて文字通り死に物狂いで足掻いたのに、あんたに枷を遺したくなかった。矛盾してるよな。ずっと分かってた。でも怖かった。名前をつけるのが。

だけど、結局、あんたは忘れないでいてくれた」

 Vの腕がリバーの首に回されて、力強く抱きしめられる。

「ごめん……ありがとう」

 リバーも腕に力を込める。こんなに細いのに、体の中に爆弾のような力を秘めていた、火花のような生き方をした愛しい人。声、体温、匂い、20年で取りこぼしたものを拾い集めるように、リバーは腕も力を込める。

「言っただろ、お前がどうしたいかだって。お前は覚えておいて欲しいって叫んで消えたようなもんだ。……なら叶えるまでさ」
 耳元で弾けるように笑う声は震えていて。
「はは……イカれてるよ! 献身がすぎるって」
「しつこい捜査は得意なんだ、昔からな」
 体を離そうとするがVがそれを許さない。耳元でグズグズと鼻をすすっている音がする。泣いているところは生前もついぞ見たことがなかったな、と思いつつ、やっぱり今もダメなのかとリバーは諦めたように笑う。


 ここが、この時間が何なのかはよく分からない。この街で生きてきた以上、きっと『神様』とやらには見捨てられている。天国か地獄か知らないが、幻覚でも走馬灯でもなんでもいい。Vの体温を感じられることは、リバーにとってとても満足のいく「おわり」には違いなかった。

–––これ、夢でした、とかで、目が覚めたら皆が俺を覗き込む病室の一角……
  だったらどうする? いやそれが一番恥ずかしいかもな。

 ちょっと嫌な想像をして、死んでるのに嫌も何もないか、とも思う。ムム、と少し考え込んだ顔のリバーを見上げたVはスルリと体を離すと、最後にスンと鼻を鳴らし、パッと笑顔を作った。

「それじゃ行こうぜ、リバー!」
「行くってどこへ?」
 二ッとイタズラっぽく笑うVは酷く楽しそうで。
「ここが天国だか地獄だか知らないが、あんたと会えたならそれは活用すべきだろ?」

 パッと手を広げて、Vは宣言する。

「ここはナイトシティ!
 ”今”を生きる者たちの街なんだから」

 途端、無音だった窓の外が急に騒がしくなる。音の奔流。車の行き交う音、人の話す声、屋台が引きずられて移動する音、遠くに聞こえる銃声と、「歩け」と促す自動音声。
『グッモーニン! ナイトシティ!』

「はは、懐かしいな。スタンみたいなことを言うじゃないかV」
「お? 懐かしいってことはさすがにもう終わった?」
「長寿番組とまでは行かないが結構長くやってたけどな」
「へぇ〜。ほら、俺もあんたも別れた時の見た目だろ? 街がそうなのか見に行こうぜ。どう変わったのか、俺に20年を教えてくれよ」
「なるほど、いいアイデアだ」

 Vの後ろを着いてドアをくぐろうとする。ここが何だったのか。多分よく分からなくていいのだろう。もしかしたらドアをくぐって外に出た瞬間、無に還るのかもしれない。いつぞやVが言っていた。『死んだらただ消えるんだ。あとには……何も残らない』と。何度か「死んだ」らしいVが言うのだ。死生観を小難しく考えるタイプではないが、それでもそれは些か信ぴょう性が高いように思える。

 でも実際Vは遺した。20年という短くは無い時間、ナイトシティという街に彼の名を。街の人々は今も彼の名を口にする。それは憧れであったり、嫌悪であったり様々だ。Vの生きた証でもある『偉業』はいつしか尾ひれやら足やら別の頭すら生えて、Vは物語の登場人物となった。そうなってしまえばもう勝ちだ。

「V、この街はお前を忘れなかったよ」
 振り向いたVが笑う。
「そうでなくちゃ困る。その為に足掻いたんだ」
「……俺は直ぐに忘れられそうだ」
「そうかな? あんたも遺してきたんだろ、傷を。
 ほら」 
 Vが顎でリバーの後ろを指す。

 振り返ると、綺麗なソファではなく、ブランケットで穴を誤魔化した形の歪んだソファがあって。所狭しとメンバーの机が並べられている雑多な部屋が現れる。さっきまでのお洒落な20年前の部屋ではなく、物を詰め込んだ、雑多とした『拠点』。仲間の姿は無いが、誰がどこで何をしていたかハッキリ思い出せる。だって、つい昨日のことなのだから。

「……種は蒔けた、と思っていいのか」
 願いのような呟き。口から溢れたそれは、遺言といっていいものだったのかもしれない。
「きっとそうさ。俺は正面から殴ることしか出来なかったけど、あんたは、種が根を張って、いつかコンクリートを割るような……きっとそんな傷を遺して来たんだよ」
「はは、ポジティブだな。そうだといいが」
「そう信じるのさ。そう『呪って』でもいいけど」
 Vはまた悪戯っぽく笑う。経験者が言ってくれる、とリバーもつられて口元を綻ばせ、ふう、と息を吐いた。

 なんにせよ、きっともうこれでお別れだ。

「じゃあ、いってくるよ」

 ここを出た時と同じ言葉を、誰もいない部屋に向けて放つ。仲間たちの送り出す声が少し聞こえた気がして、リバーは少しだけ寂しさを覚えながらVの方へ向き直る。腕を組み、ドアに背を預けたVが少し首を傾げた。もういいのか? と言っているようなその視線に、ふと疑問が湧く。

—V、お前が最期に思い出したのは俺だったのか?

 心の中で浮かんだ、そんな一文。だがリバーはそれを口にしない。20年前なら恐らく口にしていただろうが、今は言わない。浮かんだ疑問をどうでもいいだろ、と自分の中で片付ける。そもそもVの答えが本当かを検証する術がないし、リバーはそんな自傷に意味がないことを、この20年でもう充分理解していた。分からないことは分からない。どんなに手を伸ばしても霧は掴めない。分かるものを、目の前に見えるものを愛するしかない。……そもそも、この世界が何なのかだって自分には分からないじゃないか。

 なら、今を謳歌するしかない。Vの言う通りだ。

 だってここはナイトシティ。
 世界で最も酷い都市。

 この街に身を委ねて、自分は死んだのだから。






塔ENDの思いがこもりすぎたあとがき
 塔ENDはVの選択としては全然あり!解釈として幅があってめっちゃイイネ となったんですが、 リバーの結末が辛すぎて3日寝込みました。リバーが闇落ちしたことが問題じゃないんですよね…。塔ENDだけ2年後であり、闇落ち原因がランディの治療費というリバーとロマンスするには必須のイベントであることで「他のENDでも結局塔ENDの結末に行き着くのでは?」という懸念が生まれちまったことにゲロ吐いたのであり…。
 なんとかそんな悲しい結末を回避できないのか、と妄想と考察をねじくりまわした結果辿り着いたのが、DLCのクエストの中で明らかに「エピローグ」として存在する「Run This Town / 俺が王様」のアギラルでした。「悪いことをするとアギラルがくるぞ」と子どもへの脅し文句に使われるような『伝説』になることで、Vの大切な人たちをVが居なくなった後でも守れないか、という…。
 実際そんなこと可能なのかよ、約束が守られそうにないナイトシティでさあ!というのは書いた本人もめちゃくちゃ思っているんですが、なんとかなるだろアラサカ防諜部ヨォ!!と無理やり1行にブチ込みました。

 急な他作品で申し訳ないんですが、セクシー田中さんで印象的だったセリフで。愛する2人が結ばれて終わる物語は多数あれど、本当はそこからの人生の方が圧倒的に長いんですよね。そう言う意味でもハッピーエンドと言い切るには、リバーが最後の最後まで走り抜けた後でないといけないのかな、と大きく出た感じもあります。
 「レジェンドであるV」なら、「何かを手に入れること考えるのはもう辞めた」Vなら、きっとナイトシティに残る大切な人たちも守れるんじゃないか、という希望を込めたつもりです。これがおれのかんがえるハッピーエンドだ…!